■ 講演内容 ■ (矢田部道一 講演進行表より)
開演前(17:30〜18:00)
{スクリーン:パリ風景}{CD:大木康子、村上進、白木ゆう子の歌}
<18:00 CD FADE OUT>
序章 それは銀座で始まった
矢田部道一 登場 挨拶と話
{スクリーン:銀座風景、エディット・ピアフの写真、
「巴里」の日本語詩}
{CD::「巴里」エディット・ピアフ、悠路}
第一章 私と銀座・そしてシャンソンの作詩
霊岸島・前島弘との出会い、そして銀巴里、戸川昌子、
仲マサ子、岸洋子のことなど。
{スクリーン:アズナブールの写真、
「イザベル」の日本語詩}
{CD:「イザベル」アズナブール、ムッシュ矢田部}
第二章 シャンソン喫茶からシャンソン酒場へ
銀巴里、ホテル日航ミュージックサロン、エポック、深緑夏代の部屋、蛙たち、ブン、マ・ヴィ、シャンパーニュ、ベル・エポック、鳩ぽっぽ、他
深緑夏代、金子由香利などの話
銀座、赤坂、六本木、新宿、四谷、吉祥寺
{スクリーン:「再会」の日本語詩}
{CD:「再会」ニコレッタ、金子由香利}
第三章 文学的シャンソンからロマンポルノシャンソン
銀巴里でよく歌われたシャンソンの数々、そしてロマンポルノシャンソンの話
{スクリーン:ゴリラとシャンパーニュの看板、ムッシュ矢田部の写真、「ゴリラにご用心」の日本語詩}
{CD:「ゴリラにご用心」ムッシュ矢田部}
第四章 シャンソン・カンツオーネ・ラテン
サンレモ音楽祭華やかな時代、日本で多くのカンツオーネの貴公子が誕生、殆どがシャンソンの貴公子でした。
その頃多くの作品を書き殴りました。ベサメムーチョ、夢見る想いなど。笑える話も。
第五章 日本語で歌うシャンソンの私の作詩作法
作詩に関する話
下原稿は、当初、新聞のチラシの裏を使って、完成したら原稿ノートに清書しましたが、殆ど完成に近い未完成の作品がよく行方不明になって泣けました。
第六章 シャンソンは聴くよりも歌う方が楽しい
レッスンへの凄まじい意欲、舞台に上がる快感に目覚めてすっかり女子大生になって大はしゃぎ、歌もさることながら、衣装にも金を惜しまない。今や大学教授、医者、家庭の奥様、年金生活者もなけなしの金を使ってレッスンを受ける時代・・・私の教室の一部の生徒です。
発表会のことなど
{スクリーン:ダンスホールでの発表会の写真}
第七章 素人の時代
第八章 こうしてシャンソンは生き残ってゆく
歌い継がれてゆくシャンソン
終章 名残を惜しんで
この曲を書いた経緯を説明
{スクリーン:アダモの写真、岸本悟明の写真、「名残を惜しんで」の日本語詩}
{CD::「名残を惜しんで」アダモ、岸本悟明}
<追記:CD 時間の関係で原語の曲は1コーラスのみ演奏>
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