BUNSHODO
前回までの文祥堂フォーラムのご紹介
第280回 TRA3流 銀座の楽しい歩き方
     
〜 銀座の庭の美しさ 〜
2009年1月28日















































400年の歴史をもつ、文化経済の発祥地・銀座を舞台に、『銀座が世界一の商店街になった秘密』をおさんぽ感覚で探るのがTRA3(とらさん)流。

時のふるいをくぐり抜けて、腕の良い職人と、伝説のマーケターと、心意気のある商人が最高のコラボレートを魅せる街、銀座。
街のコンセプトは、『moving 銀座』経済が動く、商品が動く、人が動く、空気が動く。そして、心が動く。

銀座を『商いの輝き』のすべてを放つ海(マーケット)とたとえるならば、このおさんぽは、銀座1丁目から8丁目へ流れのままに、右の路地、左の路地へと潜水します。ゾクゾクするくらい、深いですよ〜。

あなたの、「ひゃっ!」「ほう!」「へぇ〜!」のきらめく感嘆符をお供に、どうぞ足をお運び下さい。
銀座で最高のロケーションにある、情報発信基地/文祥堂イベントホールから始まる、銀座おさんぽ。
心より、お越しをお待ち申し上げております。(岩田理栄子)



岩田 理栄子氏写真
PROFILE ・・・・・・・・・・・・・・・・・

岩田 理栄子 氏 (いわた りえこ)
TRA3プロジェクト代表
おさんぽマイスター
(株)銀座トリアンダ代表取締役

☆TRA3(とらさん)とは、「TRADE」(交易、やりとり=経済圏)と「3」(3次元=経済圏を指す数字)の造語

【TRA3のコンセプト】
私たちの営みはいつも、TRADEつまり【人と物の交易】や【人と人のやりとり】から 生まれています。技術革新がすすみ、ITの進歩で私たちの生活は随分と便利になり、バーチャル化も進みました。しかし、この豊かな世界を享受しながらもやっぱり大切にしたいのは、 face to faceの世界。TRA3では、世界一の商業都市銀座を舞台に、「3」次元で感じる楽しさを「おさんぽ術」や「イベント」「銀座商品」など、バラエティ豊かにお届けしています。

《TRA3プロジェクト》では、「フィールドで経済の感性を磨く」をコンセプトに「おさんぽ術」や「MONEY*GYM(お金脳を磨く)」を開催、銀座ならではの伝説のお店を舞台にした体験型セミナーが好評。
銀座の店主と経済界の達人によるセッションで構成される「とことん♪大好きなこと」(お金の使い方シリーズ)セミナーや多角的視点で商品が売れる秘密を解く、「TRA3の六感マーケティング」「笑show門マーケティング」セミナーの他「TRA3のビジネスモデル」、「richになる楽しいコーチング」等を企画開催。

メディア・クリエイト(3次元シリーズ)として、着物等のプロダクト・デザインの他、3次元マガジン『TRA3DE絵双紙』、3次元絵本『え?ほん』、ショートムービー『銀座のつや次郎』をはじめ、銀座を舞台に数々のPVを手がける。

2007年9月には恵泉銀座センター/ギャラリー展示『銀座の400年展』にて『銀座の色』写真コラージュをコラボレート。
2008年3月、12月にエコ桜を銀座店主に届ける「桜伝イベント」を開催。
2008年9月より「銀座のバラ湯」商品開発を山形の有機農家とコラボレート。




■ 講演内容(講演資料より)

●銀座の楽しい歩き方地図

銀座の楽しい歩き方地図
地図をクリックすると拡大します


● TRA3流 銀座の楽しい歩き方 〜銀座の庭の美しさ〜

■銀座発祥地・・・・・400年前、銀座3丁目あたりに江戸幕府の銀貨製造所が造られ貨幣商人による『座』が出現、これにより銀座の名がついた。銀座が華やかなのは、京都からの銀細工職人が艶やかな文化をもちこんだからともいわれる。

■日本初のマーケター・山東京伝・・・山東京伝の煙草屋跡。銀座一丁目現在の伊勢屋ビル辺りで開業。ものが売れる仕組みを一早く実践し、日本一の煙草屋に。江戸時代を代表する流行作家、浮世絵師だったが、寛政の取締で手鎖50日の刑を受け、文筆業を廃業、その後実業家として華開く。京伝は33の肩書きをもつともいわれ、イラストレーター、デザイナー、ディレクター、投資家、などマルチな才能を発揮した江戸文化を代表する人物。一説には、江戸の出版プロデューサー、蔦屋重三郎が創り出した『写楽』とは京伝ではないかという説もある。TRA3キャラクターの『つや次郎』は、京伝が小説の主人公として世に送り出したユーモラスな商人。『何か面白いことはなかろうか』が口癖の脱力系アイディアマンである。
【伝説のマーケターが咲かせた“商い”の花とは?】京伝が売ったもの、それは「こんなのがあったらいいなぁ・・」を売る。=自分のほしいものを売る。●上質な物には、使う人に喜んでもらえることを、自分の喜びとして工夫を重ねる、創る人の心がこめられている、ことを説いた。

■世界一の商店街・・・・江戸時代まで島だった銀座は、周りが海に囲まれていたという地の利から、『水』『流れ』に最も意味を見出す文化が育まれた。京都のような古い歴史はもたないが、常に商店街が若く、時代の変化にすぐ適応する活力がある。土地所有に固執しない、オープンな営業姿勢が最大の特長。3度の大火(江戸の大火、関東大震災、第二次世界大戦)を経験しており、そのたびに復興を果たす。街に息づくミッションは『リセット&リニューアル』

■江戸商いのりソースを活かす・・・『江戸の商い』①丁稚→番頭〔身にしみこませる育成スタイル〕②物を多角的に見る目を養う(商品仕入れの目利き)③尊異論(反骨精神+自主性)→一度咀嚼しないと使わない文化銀座はこの土地の記憶をベースにしながら発達した。新しい文化をスピーディに取り入れるスタイルで、文化経済という新しい形を実現。文化の充実が、経済の発展を支え、経済の発展が文化の進歩をさらに進める。

■世界一のショーウインドウ・・・和光に代表される銀座のショーウインドウの特長は、『商品を並べない』という姿勢。仮に商品を扱ったとしても、あくまでもお客様に楽しんでいただける、美しいと思っていただけるエンターテイメント性を持たせることをミッションにしている。それは、ショーウインドウは街の環境を作るのだという、心意気がなせる技。

■街並みの連続性・・・・・江戸幕府が、銀貨製造の街として区画整理、税を徴収しやすくするために、銀座中央通りは京間10間、並木通りは京間7間、晴海通り7間、その他は5間と決めた。(京間1間=2メートル)そのリソースを活かし、街の美しさは「街並みから」をミッションとして、銀座では列柱を残すことに最大の努力をしてきた。特に、所有の区割りと列柱の区割りが別である点が、銀座の特長。これは、【水】という土地の記憶によるといわれる。土地に執着しない精神性が受け継がれており、【美しく見えること】そこに人が集まるという商人の知恵の結晶。人を喜ばす【商人】でありたいという心意気の結晶でもある。

■木挽町界隈・・・・・読んで名の通り、昭和通りが運河だった時代には、木材店が集中していたところからその名が付いている。銀座にあって、昭和の薫りが未だに残る街並み。
近年バブルがはじけた後、銀座の中で早期に再開発が進んだ地域で、高層マンションも一早く建設。銀座タワーマンションは、三菱地所が分譲した地上25階建てで、180戸すべてが即日完売。歩いて銀座ショッピングができることが最大の魅力。そうした新しい住人たちが、街の活性化に一役買っており、路地の魅力と新しい街並みがレトロな雰囲気を創り出している。
●創業80年『長寿庵』●オーガニック八百屋『結市場』&レストラン『日水土』●ドルチェッラ・ベットウ(落合シェフの店)●古民家・手打ち蕎麦や『湯津上屋(ゆづかみや)』●YATAIBAL●煎餅の老舗『田子作』●旅館『吉水』寝具、しつらえ、お料理すべてオーガニックにこだわった銀座唯一の旅館。●創業80年コロッケ『チョウシ屋』●ジョンレノンがお忍びで通った、カフェ『樹の花』●文明堂本店・カフェ●『TO THE HERBS』『銀の塔』は歌舞伎役者に会える店●歌舞伎座/建物は国の登録有形文化財だが、老朽化し建て替え予定している。(現存する歌舞伎座での歌舞伎は2009年3月まで)。

■文祥堂・・・・創業100年をあと2年で迎えようという事務機器商社の老舗。文祥堂佐藤商店が始まりで、活版印刷や洋式帳簿製造を皮切りに文具部を発展させ、その後輸入事務用品が活発化し創業から7年目で(株)文祥堂に発展。1923年に本店を現住所3丁目に移転、当時扱っていたレジスターが同じ銀座ガス灯通りで明治期から商いを続ける『煉瓦亭』で現在も使用されている。時代の先をいく印刷技術や移動式書庫など新しいオフィス製品の開発に力を注ぎ常に「新しい価値を創造する」が会社のコンセプト。銀座の歴史と共に歩んだ文祥堂が、銀座への恩返しにと企画提供してきた『文祥堂フォーラム』(月一回開催・文祥堂イベントホール)も2009年1月で280回という回数を重ね、銀座を訪れるお客様への文化・情報基地としての役割を益々高めている。

■ホテル西洋 銀座・・・・スモール・ラグジュアリーホテルの代表挌、銀座中央通り沿いに建つ唯一のホテル。戦後まもなく建てられた「テアトル銀座」の跡地に建ち、平成13年11月には世界各国の高級リゾート施設を数多く手がけているデザイナーによってリニューアルされている。日本で初めてコンシェルジュサービスを導入したのもこのホテルであり、お客さま一人一人にバトラー(執事)が付くサービスも唯一。滞在中のゲストの身の回りの世話から仕事上の秘書役まで、「ノー」を言わないバトラーぶりは伝説的と言われる。最近では、海外のお客様が西洋銀座で宿泊し、京都などへ小旅行することも多い。その際のパッケージングまでしてくれる細やかなおもてなしに、国内外のエグゼクティブや芸術家のファンも多い。

■奥野ビル・・・大正3年、パッキングの生産で奥野商会が設立され、オーナーの奥野治助が銀座アパートを建設した。昭和初期には、殆どの人々が和の生活。その和空間に、突如として現れたモダンな生活スタイルをイメージさせる建築物は、人々を驚かせた。地上6階、地下1階コンクリート、内部を見ると2つの階段があることから、2期に分けて工事がされたことが分かる。建設当時は、このアパートから数歩行けば京橋水上バスの発着場(三十間堀)という利便性の良い場所で、多様な乗り物に自由に、気軽に乗れるという点でも評判だった。周囲の建築物が平屋建物出逢った時代に、この銀座アパートからの眺めは今で言う、超高層ビルからの眺めさながらで、銀座の街を俯瞰できたといわれる。そのモダニズムを漂わす雰囲気から、詩人の西条八十など芸術家が多く住んだといわれる。

■トラヤ帽子店・・・創業は明治。ダンディの象徴『ボルサリーノ』『パナマ帽』など、男の帽子専門の老舗。
■仏壇のハセガワ・・・東洋美/仏具ミュージアムで売る。質の高さで勝負、銀座の客単価100万円。広告は、外国人向け『ジャパンタイムス』にいれ、ビバリーヒルズのアメリカ人が100万円クラスの仏壇を購入していく。一階には、3億円以上もする仏壇・美術品・茶室に人気がある。銀座は、『企業として長期視野に立ち商売するところ。開発の強い意志が試される場所』と認識している。
■八木研『メモリアル・ギャラリー』・・・斬新さで仏具を売る。モダンテイスト(デンマーク・イタリア製)デザイン、写真立て、ブレスレット、ベネチア風数珠、ペット用仏壇、銀ブラ客がおみやげとして小物・グッズを購入。特に最近はクリスチャンに仏壇が売れる。(中にはクリスチャンネームを入れる)コンセプトを『人生の記念日〜コミュニケーショングッズ』として、商品開発。都市型仏壇の方向が明確になり、現代美(モダン)と祈りのルネッサンスともいわれる。

■鞄の『タニザワ』・・・明治七年創業、135年の歴史をもつ『鞄屋』としては一番古いといわれている。「鞄」という言葉をつくった店。1924年に発行された実業の日本社の書籍の中に『谷澤店主が壱万円儲けるまで』という記事によると、次のような逸話が紹介されている。明治初期、初代タニザワ店主が日本橋の片隅にかばん+西洋小物店をいきなり出店するも、下町の一角に小さな店を出しても通りすがりの人がちょっと覗くだけ。『東京中の人に知ってもらいたい!』この思いで『新聞広告』を思いつく。その頃銀座界隈にはまだ新聞社も数社のみ、各家庭の定期購読もないという新聞の黎明期だったので、街角で即売するのが主流だった。
『私は、鞄について豊富な知識と経験があるので、新品も扱いますが、修繕第一にやります。壊れた鞄がありましたら、ご一報ください。ただちに参上いたします』という、奇想天外な広告を出した。文明開化の時期、鞄を知っている人もまばらな時にこの広告は『なんのことだろう?』と度肝をぬいた。修理品も持たないのに、ただ宣伝文句につられて店を覗きに来る人は日増しに増える。また、広告を出す。一日10人が、20人になり、30人、40人、50人と増え続けた。『鞄好き』を生み始めていた。ついに、初代は鞄を東京全体に知らしめる夢を実現することとなる。『どんなものでも作ってみせる』これが次なる初代店主のミッションになる。

■伝説のフレンチレストラン『ペリニイヨン』・・・〜何時間でも座れる椅子でおもてなし〜23年前4人の青年が『自分の理想』とするレストランを銀座でオープンさせた。それまでの「料理人主導のレストランから給仕が主導(お客様が主人公)のレストランを創りたい」がコンセプト。フランスでは給仕人はオーナーが務め、料理人に命令できる立場。現在でも、シェフのご機嫌を客がトル、という店も少なくない。発足当時25歳〜36歳の青年たちの全てが給仕出身者(レカンやマキシムドパリで修行)。お客様の様子、健康状態、どんなお連れとごいっしょか、目的は?・・などつぶさに見抜き、厨房に伝える。お客様が『今日何を食べたがっているのか』まで察することができる給仕人になりたくないか?と夢を語り、誘いあう。1983年、4人は250万円ずつ出し合って、資本金1000万円の会社をつくり、銀座一ビルの二階が空き、600万円の敷金を充てて、店をオープンさせる。お客様から料理を創る様子がわかる、オープンキッチンの先駆けとしてデビューを果たす。

■アンリ・シャルパンティエ・・・宝石と見粉う銀座最大(総面積500平方メートル)のケーキ店。業界の度肝をぬく戦略で芦屋を起点として全国16店舗、年商160億円のケーキ屋。関東でのブランドイメージを確立するために、建築物は銀座でも唯一、東京都の歴史建造物指定を受けているヨネイビル(中世ロマネスク風)。蔵書コーナーや、ミステリアストイレ、ケーキのライトアップ、ゆっくり本でも読みながら・・・というメッセージを伝えている。階段を上がる=敷居の高さが災いして、目標の年商三億円が未達成だが、『売り上げより、イメージ戦略にチカラを入れている。社長には、西武百貨店のパリ支店で商品開発をし、有楽町西武の店長を歴任した松原氏が就任。ミツバチプロジェクトの「銀座蜂蜜」をブランドにしたマドレーヌをいち早く商品化。地域親密型戦略でもフットワークが軽い。

■ミタケ・・・・・・・・創業63年、ボタン専門店。以前は紫色のビルで有名だった紫日ビル。世界の数千種にもおよぶボタンの数々。テーラーのプロからの依頼も多く、【より似合うセレクト】の相談にのってくれるのが、ボタンニスト兼オーナーの小堀社長。世界の銘品・レトロなボタンにも出会える。コンセプトは【ボタンで服に魔法をかけております】

■伊東屋・・・・・・・・創業100年、『全ての製造物はえんぴつ1本から始まる』をコンセプトに、文房具一筋の老舗。特にイタリアの工房を一軒一軒訪ねて珍しい文房具を掘り出す力にすぐれ、世界の紙、文具の品揃えは日本一。文房具のワンダーランドを自認。レッドクリップが今年生誕20周年をむかえることを記念し、それにまつわる本が出版される。

次のページへ続く      | 1 2
フォーラムトップへ
▲このページのトップへ
■ 株式会社 文祥堂 〒104-0061 東京都中央区銀座3-4-12 TEL: 03-3566-3591(代)
Copyright (c) BUNSHODO CORPORATION. All rights reserved.