「まず肉に直接手を触れることは決してない。フォークをつかうのだ。体を皿の上に突き出し、肉を襟にそって口までフォークで運ぶのだ。(中略)いかにそれがむずかしかろうと、この国では、肉を手で食べることは禁じられているから。(中略)それからアーティチョークやアスパラガス、豆などが運ばれてくる。フォークを使ってそれを食するその時こそ見ものだ」 アンリ3世(1551‐1589)側近アルチュール・トマ・ダンリ
2. フランス国王アンリ4世の食事 17世紀初頭
1594年の儀典書によると国王アンリ4世(1553-1610)の正餐(昼食)の準備は、毎朝9時に始まり、まず食事係り3名が食器保管室に赴き、最初に塩入れと肉きり包丁、ナイフとコップを、次にエシャンソン(お酌係り)が脚付きグラスを受け取る。ユイシエ(扉係り)を先頭に、オフィシエがそれに続き「ネフ」とこれらの食器を指定された部屋に運び、仮設のテーブルを組み立ててクロスを広げ食卓をしつらえる。王が席につくと、家来たちが行列を組んで恭しく料理を運び込む。護衛隊の射手二名を先頭に、ユイシエ、指揮棒(ステッキ)をもったメートル・ドテル(給仕長)、パン係り、その後に小姓たちが肉の大皿を捧げ持ち、さらに厨房係り、食器係り、最後にもう二名の射手が行列を締めくくる。彼らは王の身の回りの世話をする名誉ある上位貴族たちで、とりわけ食器の世話をする3名の食事係りとお酌係りは、名門貴族の中から選ばれた王の寵臣たちであった。
3. フランス国王ルイ14世(太陽王在位1643‐1715)とヴェルサイユ宮殿 17世紀後半
宮廷の役割
1 統治の手段としての宮廷 -貴族たちを「飼い馴らす」
-宮廷人以外の国民と外国人を圧倒する
2 洗練された儀礼作法の製作工房 -儀式をつうじて国王崇拝を維持
「ヴェルサイユを訪れ、見物することを許された宮廷人以外の一般のフランス人たちと外国人たちは、壮麗な宮殿とそこで繰り広げられる華やかな生活をみて圧倒され、ルイ14世の権勢と偉大さを思い知らされ。その結果、フランス人の場合はいっそう忠誠心を掻き立てられ、外国人は恐れをなし、フランスに対して弱気になった。」
<長谷川輝夫 NHK歴史再発見『日常のフランス史』より>
4. フランス国王ルイ15世(在位1715‐1774)と食事の楽しみ 18世紀
統治に関心の薄かったルイ15世は、プライベートな私室での生活を優先させて、愛妾ポンパドール夫人や気の置けない狩りの仲間たちとの私的な食事を好んだ。国王はヴェルサイユ宮殿本殿の中に始めてキッチンを設け自らコーヒーを入れて人々に振る舞い、多少料理づくりを楽しんだ。またパリから料理人を呼び寄せ美味を追求、ルイ15世紀時代に食事の値打ちは量から味へと変わっていった。また陶磁器製造技術の発達により、とりわけこの時代、磁器が登場したことで西洋人ははじめてほんとうの意味で食事の楽しみを知った。
5. 王族の食事を見物する人々
「食事の時間になると、スープを食する皇太子妃を見て、茹で肉をたべるプリンスたちを見た後、先王の王女たちのデザートに駆けつけようと、息を切らして階段を駆け回る人々で一杯だった。この見世物は地方から出てきた人々を喜ばせた」
<マリー・アントワネットの女官カンパン夫人の備忘録より>
◆ 用語
スプーン・ナイフ・フォーク(△カトラリー)
タイヨワールまたはトランショワール(肉切り台、初め硬いパン、のちに板や金属製に)
エキュエル(両手付き容器)
アシエット(銘々皿)
ビュッフェ(段飾り)
アントルメ(アントル=間、メ=料理)
クヴェール=1人分の食器(銘々皿とナイフ・フォーク・スプーン)
Grand couvert(グラン・クヴェール)大膳
Petit couvert(プティ・クヴェール)小膳
セルヴィス(サーヴィス)
1. 給仕法 フランス式セルヴィス、ロシア式セルヴィス
2. 食器セット