アルフレッド・ヒッチコック以外にも優れた監督は沢山居る。例えば、アメリカのウイリアム・ワイラー、ジョン・フォード、フランスのジュリアン・デュヴィヴィエ、ルネ・クレマン、イタリアのフェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ等々の人たちだ。
しかしながら数ある名匠、巨匠の中にあってヒッチコックのみが抜きん出ている点がある。これだけは他の監督が束になってもヒッチコックには敵わない。それは何か?
ハリウッドの監督にはその人の作品を見ると幾つかのタイプに分けられると思う。
大作好みの、セシル・B・デミル、ジョージ・スティーブンス、デヴィッド・リーン
芸術家肌の、エリア・カザン、フレッド・ジンネマン、シドニー・ルメット
アクション得意の、ジョン・スタージェス、サム・ペキンパー、ドン・シーゲル
このように幾つかのタイプに分けられると思うがハリウッドきっての映画作りの職人となると次の三人が浮かび上がってくる。
ジョン・フォード、アイルランド系移民(1894-1973)
アルフレッド・ヒッチコック、イギリス、ロンドン生まれ(1899-1980)
ビリー・ワイルダー、オーストリア生まれでアメリカへ亡命(1906-2002)
三人の特徴は監督としての自分たちの手腕に絶対の自信と誇りを持っていること、又、金をやたらと掛けなくても監督の力量で面白い作品を作る能力を持っていることである。
彼等は批評家の意見、新聞の論調はまるで眼中に無く関心事項はただひとつ、多くのお客が映画館に足を運んでくれるか否かである。沢山観客が来てくれれば映画会社はもとより映画館も潤い自分たちも多くの収入を得て、それが更なる良い作品を生む原動力となる。
彼等はそれぞれ自分たちの得意ジャンルを持っていた。フォードの西部劇、ワイルダーの人情喜劇、そしてヒッチコックのサスペンスである。中でもヒッチコックは自分の得意技に対するこだわりが極めて強い。
監督名 |
ハリウッドでの監督作品 |
内得意ジャンル作品 |
J・フォード |
36作品 |
西部劇 16作品 |
B・ワイルダー |
26作品 |
人情喜劇 9作品 |
A・ヒッチコック |
30作品 |
サスペンス 29作品 |
三人は又“監督とは絶対なり”を貫いてきた。中でもヒッチコックにその傾向が強い。彼は監督に比べれば俳優は泡みたいなものだと言明した。それでは泡といわれた俳優達は彼の事をどのように思っていたのだろうか?
アカデミー史上最大の謎はヒッチコックが一度たりとも監督賞の栄誉に浴さなかったことだ。
ならば、彼はフォード、ワイルダーに比べて評価が低いのであろうか?今のアメリカでのヒッチコックへの評価を見るとアカデミー賞未受賞が益々謎めいて見えてくる。
全米映画協会(American Film Institute)が10年毎に見直すアメリカ映画オールタイムベスト100作品のアンケートで多く登場する監督のベストファイブは以下の通りである。尚、カッコ内は順位を表す。
1位 |
S・スピルバーグ・・・5作品
シンドラーのリスト(8)ET(24)ジョーズ(56)インディ・ジョーンズ、
失われたアーク(66)プライベート・ライアン(71) |
2位 |
A・ヒッチコック・・・4作品
めまい(9)サイコ(14)裏窓(48)北々西に進路を取れ(55) |
3位 |
C・チャップリン、F・F・コッポラ・・・3作品 |
4位 |
J・フォード・・・2作品
捜索者(12)怒りの葡萄(23) |
5位 |
B・ワイルダー・・・2作品
サンセット大通り(16)アパートの鍵貸します(80) |
ヒッチコックが如何にアメリカで再評価されているのかが窺える。
尚、1位、市民ケーン 2位、ゴッド・ファーザー 3位、カサブランカ
2.謎に包まれた素顔 (生い立ち、趣味、性癖等)
ヒッチコックの素顔は謎に包まれている。それは彼自身が自分を謎めいた人物として演じきってきた事にも因るのだろう。その演じ方を彼の人生の中で最も栄誉ある一日を例にとって紹介したい。
彼の生い立ちは?又、子供の頃はどのような性格の少年だったのか?何故、犯罪に興味を持つようになったのか?等を限られた情報の中から紹介したい。
5歳のヒッチコックが経験した事件がもとで彼は人を怖がらせること、人を驚かせることに喜びを見出すようになった。彼の悪戯は時として度が過ぎるほどのものだった。イギリスとハリウッド時代に彼が仕掛けた悪戯の実例を二つ紹介したい。
3.作品紹介
「泥棒成金」 ―洒落た会話に素適なラブシーン―
この作品に対する評価はそれほど高く無い。しかしながら南欧の高級リゾート地モンテカルロで楽しげにメガフォンをとったこの作品にヒッチコックの類稀なるユーモアのセンスと会話の妙を窺い知ることが出来る。
ヒッチコックの最もお気に入りの女優がグレース・ケリー、彼女の煌くような美しさが印象的である。グレース・ケリーの美しさに引き寄せられるように映画界にカムバックした伊達男ケイリー・グラントとのラブシーンは映画史の中で最もゴージャスで美しいものだ。
「めまい」 ―ヒッチコックの哀しい愛の物語―
ヒッチコックの作品中最も難解でありながら最も重要な作品。この作品はもともと「死者の中から」という小説を映画化したものである。当初、映画会社はヒッチコックの提案した題名、「めまい」は地味すぎて客が来ないと猛反対した。しかしながらヒッチコックの強硬な主張により最終的に「めまい」で公開し大ヒットを記録、映画会社にとって嬉しい誤算となった。何故、ヒッチコックは「めまい」というタイトルにこだわったのだろうか?
フランスのヌーベルバークの中心人物でヒッチコックをこよなく尊敬していたフランソワ・トリフォーは次のように語ったことがある。「ヒッチコックは殺人を恋愛のように美しく描き恋愛を殺人の如く残酷に描く」。この作品は“恋愛を殺人の如く残酷に描いた”ヒッチコックの代表作である。
この映画の製作時点でのヒッチコックの精神状態を解明しないとこの映画の本当の意味が分らない。では、このときヒッチコックはどのような気持ちで「めまい」を作ったのだろうか?
そしてこの映画に込められたヒッチコックの想いとは何か?映像とエピソードを辿りながら紹介したい。
「北北西に進路を取れ」 ―追いつ追われつ、爽快なアクション・サスペンス―
ヒッチコックの作品中最長(137分)の映画である。しかしながらこの長さが全く感じられない全編スピーディに展開するサスペンスの大傑作である。
この作品のオリジナルタイトルはNorth by Northwest。これは辞書によると“北々西”ではなく“北微北西”である。一般的に“北々西”はNorth Northwestとなる。なぜ、彼は“North by Northwest”をタイトルとしたのだろうか?それを暗示している場面と共にこの謎を解いてみたい。
ヒッチコックは自分を映画の中に登場させることで有名だ。この作品で彼は自分の登場場面で見事我々観客に一杯食わせている。全くもって御し難い爺さんだ。
ヒッチコックは女優を美しく撮る大天才である。その典型例がこの作品。
今まで美しさの上からは特に目立たなかったエヴァ・マリー・セイントがヒッチコックの手にかかるとブロンドのチャーミングな美女に大変身するから不思議この上ない。
エヴァ・マリー・セイントとケイリー・グラントの列車内のエロティックなラブシーンも見所のひとつである。
4.晩年のヒッチコックと不幸な出来事
ヒッチコックは「サイコ」、「鳥」で今までに無く露骨な描写を使って女性の殺害、襲撃場面を撮るようになった。この変化はヒッチコックの主要作品を巡るエピソードとそれによって彼が受けた精神的ダメージが大きく影響しているように見える。
下記主要映画と幻の作品をもとに彼を巡るエピソードを紹介したい。
裏窓 |
1954年 |
グレース・ケリーを全作品で起用する考え |
泥棒成金 |
1955年 |
作品完成後グレース・ケリーはモナコ王妃に |
間違えられた男 |
1957年 |
べラ・マイルズ事件後、飲食過多で体調悪化、手術 |
めまい |
1958年 |
鬱病に苦しめられながら作品完成、大ヒット |
北々西に進路を取れ |
1959年 |
人生最後の体調、精神安定時期 |
(判事に保釈はない) |
キャンセル |
ヘップバーン直前のキャンセル、彼女との確執でヒッチコックは精神的に痛手を蒙る |
サイコ |
1960年 |
苛立ちの中で作品完成、荒れた心が露骨な描写を生む? |
(盲目の男) |
キャンセル |
ウオルト・ディズニーのディズニーランド直前
使用不許可により映画化キャンセル |
鳥 |
1963年 |
ティッピ・ヘドレン事件 |
マーニー |
1964年 |
グレース・ケリー銀幕復帰直前でキャンセル
ヒッチコックは悲しみと絶望を覚え以降の作品には
彼独特の冴えが無くなり僅か5作品を手掛けた後引退 |
再びフランソワ・トリフォーの言葉を引用したい。
「ヒッチコックは二人いる。本当の彼は小心で猜疑心が強く臆病でガラスのように繊細な心の持ち主だ。彼はそれを悟られぬよう帝王の如く映画界に君臨し誰にも邪魔されずにメガフォンを取りつづけてきた。だから誰もヒッチコックの正体は見破れなかった。
しかし、誰にも邪魔をされずに映画を作り続けてきたことこそ彼の才能の素晴らしさを物語るものである。もしも映画が再び音を失ってサイレント映画に戻ったとしたら生き残る監督はアルフレッド・ヒッチコックだけだろう。それほどヒッチコックは映像の魔術師であり天才だ。」