1948年2月佐賀市生まれ=団塊の世代第1弾
成城大学文藝学部卒業。同大学院日本常民文化専攻中退。高千穂大学教授、武蔵大学教授を経て現職。この間、ハワイ大学客員教授、東京大学客員教授、CNNデイブレイクキャスター等を兼ねる。メデイアと文化変容に関する現地調査で各地に滞在。国内は忍野村、佐渡、小諸等々、そしてパスポートを持って沖縄へ(1972年3月)。以後、シンガポール、マレーシア、台湾、韓国、中国、ハワイ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチン、米本土、カナダ等へ。ハワイへは1978年より通う。現在、ハワイ沖縄県人会傘下の宜野湾市人会会員。
<主要著書>
「移動する人々、変容する文化」(編著、御茶の水書房、2008年)
「現代地域メデイア論」(共編、日本評論社、2007年)
「ハワイ研究への招待」(共著、関西学院大学出版会、2004年)
「エスニック・メディア研究」(明石書店、2004年)
「エスニック文化の社会学」(日本評論社、1998年)
「エスニック・メディア」(編著、明石書店、1996年)
「マス・コミュニケーションの空間」(共訳、松籟社、1994年)
「カナダの日本語新聞」(共著、PMC出版、1991年)
「コミュニケーションと文化変動」(白桃書房、1988年)
「米国初期の日本語新聞」(共編、勁草書房、1986年)
「労働の社会心理」(共訳、法政大学出版局、1983年)
「シンガポール育ち」(翻訳、刀水書房、1981年)
「日本人のしつけ」(共著、ぎょうせい、1973年。なお『戦後家庭教育文献叢書』石川松太郎他監修、クレス出版、第10巻に覆刻再録)
他
<リンク>
白水繁彦氏のホームページ
白水繁彦氏著書「移動する人々、変容する文化」
■ 講演内容
Ⅰ理論編
しつけ・社会化
価値観・徳目
文化・文化の変化
しつけ、社会化、価値観
◎しつけ(仕付け、躾)
①礼儀作法をその人の身につくように教え込むこと。また、その礼儀作法。
②裁縫で、縫い目や折り目を正しく整えるために仮にざっとあらく縫うこと。また、その糸。
◎社会化:個人が、集団の構成員となるために必要な知識・価値観・行動様式を身につけていく過程。
◎価値観:倫理的・社会的な価値基準、ことの善し悪しの判断基準
→徳目:りっぱな行いや品性を分類した細目。努力目標
価値観の教育・学習(徳目の必要性)
買先達の立場では:価値観は持って生まれたものではないので「しつけ」「社会化」の過程で獲得させるもの。家庭・学校・社会の各現場で絶えず教育するもの。
本人の立場でいえば:人生の各段階で学習していくもの。
◎教育する側も学習する側も、項目があったほうがわかりやすい。
→徳目の創出(儒教における仁・義・礼・智・信や古代ギリシアでの知恵・勇気・正義・節制、キリスト教における信仰・希望・愛など。)
徳目と慣行(文化としての徳目)
◎社会の成員の大多数が当然(自明)のこととして行っている行動を慣行・慣習・風習(広い意味での文化)という。従って、ある徳目がその時代の人びとにとって当然のこととして行われていればその徳目は文化である。
→文化とはその社会の人びとの「常識」である。
徳目が常識となっている社会をつくろうとした一世たち
文化の特質と変化
大多数の人びとが行なっているということは社会的圧力が働くので大抵の個人は当然のこととして(もしくは不承不承でも)従うことが多い。したがって一般に慣行は変わりにくい。とはいえ、人間は生まれたときから慣行を身につけているわけではない。すべからく教育(社会化)の産物である。したがって教育のしかたによっては(例えば、熱心or不熱心)によっては変化するし、特に、社会の成員の多くの人たちが当然のこととしてというより「不承不承」従っていたような慣行は革新者が現れると比較的短時間に変化することがある。
Ⅱフィールドワーク
ハワイ日系文化センター
大多日本人の徳目
一世たちは何を伝えようとしたか
ハワイ日系文化センター
日系人の歴史展示コーナー「おかげさまで」
日系人のハワイにおける歴史を様々な実物を使って展示
民族博物館の機能:公的な自己像を提示
それも「あらまほしき」「こう見てほしい」自分たちの姿を子孫や他民族、主流派へ提示
数ある事実の中からの切り取り作業
日系人の価値観の提示 例:ハワイ日系文化センター(JCCH)の歴史かコーナー入口の12本の石柱
JCCHハワイ日系文化センター
ハワイに行ったら是非訪問したい所
歴史展示コーナーは勉強になる
ウェブページを見てみよう → http://jcch.com/
この中の歴史展示コーナーは → http://jcch.com/gallery.asp
JCCH日系人歴史展示コーナーの入り口
日本人(一世)の徳目を示す石柱
12本の石柱 ハワイ日本人こころの支え(徳目)
一世が二世以降へ伝えたかったこと
1.犠牲:sacrifice 2.義理:sense of duty 3.名誉:honor 4.恥・誇り:shame/pride 5.責任:responsibility 6.忠義:loyalty 7.感謝:gratitude 8.仕方がない:acceptance with resignation あきらめ、断念、忍従 9.頑張り:perseverance 忍耐、根気強さ 10.我慢:quiet endurance 辛抱、忍耐「だまって耐えよ」 11.恩:debt of gratitude 負債、借金、義務、感謝の気持ち、報恩の念 12.孝行:filial piety 子としてふさわしい敬愛、献身
日系人の生活(写真集)
日本人出稼ぎハワイへ
写真結婚・家族の形成
二世の誕生・成長
日本人労働者(出稼ぎ)のハワイ到着
耕地向け個人写真と認識番号
砂糖キビは巨大だ
砂糖キビ耕地の労働
男性のキビ刈り(カチケン)
砂糖キビ耕地の初期の住宅
砂糖工場と労働者キャンプ 中央に寺が造られている
砂糖キビ耕地キャンプの宿舎復元
ハワイプ・ランテーション・ビレッジ(屋外博物館)
宿舎の母屋とキッチン
耕地キャンプ宿舎内部 ポルトガル系
砂糖キビ耕地宿舎内 日系
宿舎 入り口(玄関)
耕地キャンプの共同浴場 男性用
砂糖キビ耕地の生活 写真結婚
砂糖キビ耕地の日本人女性とルナ
砂糖キビ耕地の労働 キビ洗浄
砂糖キビ耕地の労働
女性のキビ運び
二世の誕生と成長
砂糖キビ耕地からビジネスへ
理髪店の例
日本人病院の創設 現クアキニ病院
ビジネス ワイキキでの米作
成功した一世と二世の成長
二世の生活 二重通学
午前は公立学校へ 裁縫の授業
二世の生活 午後は日本人学校へ
二世の生活 日本人学校
二世が学んだ日本語教科書の奥付 下の写真は日本語学校教師
日本人学校で使われた教科書
日本語教科書
教育勅語
修身で習ったこと 教育勅語
♦ 父母に孝行、兄弟仲良く、夫婦は協力しあい、友人は互いに信じ合い、博愛の手を広げよ。学問に精出し手に職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き、世のため人のため進んで尽くせ。憲法を重んじ法律に従い、非常事態には、公のため勇敢に仕えよ。そして、世界に比類なき皇国の繁栄に尽くせ。
第二次大戦勃発 日系人の暮らし直撃
二世の生活 第二次大戦
日系二世応募兵
二世の生活 欧州戦線で殊勲
二世帰還兵と父親
戦後の活躍 政界へ 日系初の州知事
ジョン・バーンズからジョージ・アリヨシへ
戦後の活躍 連邦上院議員へ
ダニエル・イノウエ、S・マツナガなど
フィールドワーク:しつけの実際 二世、三世への面接調査
父母や教師の教え
子育て(三世に伝えたこと)
しつけの実際 二世の体験 KK氏(86歳)厳しい父、優しい母
♦ 11人姉弟(男5人、女6人)。子育ては、上の子が下の姉弟の面倒をみるという式。本人は3番目の子ども。父はプランテーションの仕事で忙しかったので実際の養育は母がやった。父は帰宅後、きつく叱る役。キヲツケと言われておしりをたたかれた。とくに自分は言うことを聞かない子で(black sheepと言われた)、姉弟や近所の子どもとけんかばかりしていたので父から殴られることも多かった。「父は神様みたいなもので絶対だった」
♦ 母は慰めてくれる役で、本当に優しかった。父は勉強に厳しかったが母はあまり勉強すると目が悪くなると言ってあまり勉強させなかった。目が悪かったからだ。父がホノルルまで連れて行ってくれて眼鏡をはじめて作ったのが小学校の6年のとき。
しつけの実際 MS氏(85歳)義理、恩、恥
義理人情、恩を忘れるな。家や国に恥をかかすな。二世は犯罪を犯さないことが誇りであった。父になにか命令されて「Why?」などと言ったら殴られるから言わないようにした。アルバイトにしろ職についてからにしろ、独身のときは稼いだ金は全て母に渡した。小遣いは母からもらった。損だなどと思ったことはなない。むしろ家計に貢献しているということが誇りであった。二世はたいていそうだった。人に迷惑かけないで、人のために一生懸命働きなさい。といつも言われた。
RKさん(78歳)女性 正直に
戦前は正直でありなさい、とよく言われた。しかし、戦後になったら、「正直者は馬鹿みる」という風潮に。時代が変わったから。戦前の教育はよかったのではないか。
MY氏(82歳)教えを憶えていない例
お父さんは酒飲みで、自分が8歳のとき(ハワイから沖縄に帰ってから1年後)に沖縄で亡くなった。教えられたことは何もない。
TMさん(76歳)女性 助け合い、仲良く
兄弟または友人と仲良く助け合うこと。人のために尽くすように。(家が天理教の教会だったので。)
RHさん(73歳)思い遣り、感謝
人に思いやりを持って接すること。ありがとうを忘れないように。
FYさん(82歳)女性 勉強、礼儀作法
勉強したか?といつも訊かれた。
礼儀作法について。食べるときにテーブルに座ることや、手で食べ物を食べることをしかる。
ETさん(84歳)女性 礼儀作法、手伝い、正直、恥
食べるときにお話をしてはいけない。両親の手伝いをしなければならない。家畜(豚やにわとり)の世話をしなさい。正直でありなさい。他の人を助けるように。よい子供になりなさい。自分よりも、家に恥をかかせるな、と言われた。(同席した友達のGさんも同様の体験をしたと言っていた)
Tさん(68歳)女性 エチケット、家事、勉強、主張、責任
小学校へ上がる前までは、悪い態度を直され、エチケットを習った。学校に入ると、家事、家族としての責任、教育の大切さ、特に教室や自習に勤勉であること、例えば、宿題をきちんとやるとか、先生を敬うといったことを教えられた。だが、間違ってしかられたときに恐れずにはっきりいうこと、クラスの中で誰も答えを知らなかった時に、恐れずに手を挙げて答えることなども教わった。自分のどんな行動でも責任を持つこと、自分の選択なのだから、どんなに良くないアドバイスをもらったとしても、アドバイスをした人を責めないこと。大学へ入ると、経験や意見を共有することを学んだ。
ETさん(76歳)女性 迷惑をかけない、勤勉
「人に迷惑かけないで、人のために一生懸命働きなさい」といつも言われた。
DYさん(86歳)女性 手伝い、口応えしない
貧乏で母は病気がちだったから、上として頑張った。父は怖くて口応えは許されなかった。でも、手は出さなかった。
SN氏(76歳)喧嘩・盗みは恥、勤勉、父厳しい母優しい
けんかや人のものを盗むのは恥ずかしいから絶対だめ。後は勉強しろとよく言われた。母は優しかったが父が厳しく母にも自分たちにも手を出した。
FIさん(84歳)女性 日本語、兄弟仲良く、女には進学不要
日本語を教えてもらった。兄弟仲良くしなさいとよく言われていた。厳しかったが手は出さなかった。当時住んでいたマウイ島には中学校が二つしかなくて、プランテーションからは通えなかったが、女は嫁に行くんだから、学校に行っても仕方がないと言われた。
TT氏(72歳)母から勤勉を教わる
父はプランテーションで一日中働いていたので、何も言わなかったが、代わりに主婦をしていて家にいた母からは、Work hard 「たとえ友人が遊んでいたとしても、あなたは勉強しなさい。」と言われた。
NCさん(76歳)女性 手伝い
「手伝いなさい」としつこく言われた。父母共に、プランテーション労働者だったので、子供の手も借りたい状況だったよう。
「勉強をよくして、年上の人を敬うこと」「どんなに出世しても、腰を低く、謙虚な気持ちであるように」「人の家にお邪魔したら、ありがとうと言うことを忘れないこと」「自分がやりたくないと思うような嫌なことは、人にやらないこと」「人をあまり頼りにしない」以上のようなことを両親から言われた。*謙虚さを「稲の穂」に例えられて、言われた。
子(三世)にどう接したか 「伝承」
子(三世)育て時の注意点、子が孫(四世)をどう育てているか
→主として調査対象者の回答用紙を参照
三世への伝承
総じて、「うまくいかなかった」との感想を述べる二世が多い。
しかし、私の参与観察によれば、老親(二世)宅を頻繁に訪問するし、ホームパーティに招待することも日常的に行われている。
親(二世)が老人ホームや病院に入ると当然のように頻繁に見舞いに訪れる。
総じて家族思いの三世が多い→日本文化?日系文化(アメリカ文化、ハワイ文化の影響も)?