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前回までの文祥堂フォーラムのご紹介
第288回 リアルタイム報道と映像ジャーナリズム
     
〜鳩が運んだ“速報”から、衛星で伝える“即報”へ〜
2009年9月25日
映像ジャーナリズムは、「今、起きていることをいち早く伝えること」を使命として進化しつづけてきました。フィルム時代は、「今という瞬間」を捉えることが出来ても、それを化学処理で現像定着するのに多くの時間を要しました。ニュース映画はさらに編集のうえプリントして劇場に配給するまでに最速でも一週間を必要とし、TVニュースでさえ当初は一日遅れで「今」を伝えていました。ところが電気的に映像を記録するビデオカメラの登場により、取材から放送へのタイムラグが極端に短縮されました。これは「ENG(エレクトリック・ニュースギャザリング)」と呼ばれる一大革新でしたが、さらに衛星経由で伝送する「SNG(サテライト・ニュースギャザリング)」によりリアルタイム報道が可能となり、世界中どこからでも現在進行形の「今の今」を伝えることが出来るようになりました。それは、TV報道が求め続けた究極のタイムラグ・ゼロですが、一方ではチェック・ゼロとなる危険もはらんでいます。事実、米の三大ネットワークはイラク戦争終結後に、リアルタイムで報道された映像にあらかじめ仕組まれた虚偽や過剰演出が存在したことを自戒をこめて検証しています。鳩がニュースを運んだ時代から現在までを、珍しい写真と懐かしいニュース映像でたどりつつ、映像ジャーナリズムの問題点と映像リテラシーについて解説したいと考えています。
(加藤 和郎)


文祥堂フォーラム

文祥堂フォーラム

加藤和郎 氏写真

加藤和郎 氏写真

加藤和郎 氏写真

文祥堂フォーラム会場風景

文祥堂フォーラム会場風景

加藤和郎 氏写真

加藤和郎 氏写真

文祥堂フォーラム会場風景

文祥堂フォーラム会場風景

加藤和郎 氏写真

文祥堂フォーラム会場風景

文祥堂フォーラム会場風景

オリーブと鳩切手
オリーブと鳩切手(連合国)
資料写真
magyarposta
国際宇宙年切手
国際宇宙年切手(1992)
衛星と目
衛星と目(フランス1991)
地球と放送・通信衛星 IPA
地球と放送・通信衛星 IPA
「教育用画像素材集サイト」 より
放送衛星ゆり2号b
放送衛星ゆり2号b


加藤和郎 氏写真
PROFILE ・・・・・・・・・・・・・・・・・

加藤 和郎 氏 (かとう かずろう)
名古屋学芸大学メディア造形学部 教授
1943年 東京生まれ
1965年 NHKに入局。ラジオドラマなどの制作を経て、TVニュース取材ディレクター。
1972年 「あさま山荘事件」などを取材する。その後、朝の「ニュースワイド」を始め、「選挙特番」「ゆく年くる年」などを総合演出。
1988年 衛星放送開始に伴い「ウインブルドンテニス」「ソウル五輪」などワールドスポーツ番組のチーフディレクター。
NHK衛星第一副編集長、衛星放送局編成チーフプロデューサーを経て、
1994年 ㈱NHK情報ネットワーク企画事業部担当部長。
「情報化メディア懇談会」を主宰して月刊『I-Media』編集長。
「モンゴル国交樹立25周年ジャパンフェスティバル」(ウランバートル)をはじめ、「カウントダウン2000ロックフェスティバル」(ハウステンボス)や「自治消防55周年記念大会」(東京ドーム)など大型イベントの構成・演出などを手がけ、
2006年 退職。
現在は名古屋学芸大学で教えるかたわら、NHK文化センターで「映像塾」を主宰。
ミス日本コンテストのスーパーバイザー及び本部審査員、JAAミュージカルアカデミー・スーパーバイザー、実践美学フォーラム幹事などを務める。
能楽など古典芸能の解説で舞台に立つことも多い。
モンゴル国カラコルム大学から名誉博士号を授与され客員教授。
著書に 「ビデオの撮り方・楽しみ方」(日東書院)、
「Beginカメラの基本」(世界文化社)、
「創造する経営」(共著・日科技連)など。




■ 講演内容(講演資料より)

年表「速報から即報へ」

〜今を伝える歩み〜

1815年、ナポレオンのワーテルロー敗戦のニュースはロンドンに到着するのに4日かかった。しかし、それから185年後の湾岸戦争は戦場がライブで中継された。報道メディアの歩みは、発生時間と発表時間との時差を限りなくゼロにしてゆく“速報から即報への歴史”であり、いわば時間からの解放だったといえます。

1783
(天明3)
「大阪奉行触書」に、大阪の米商人・相模屋又一が抜き商いと称して、堂島の米相場の動きを紙に書き鳩の脚に括り付けて知らせたり、身振りなどで合図して利益を上げた。そのため、幕府から不埒なこととして捕縛されたと記録されている。
*文献による日本における最初の鳩通信記録。
90年後の1872(明治5)東京日日新聞には同じ手法を用いた米商人を紹介し、「家にいながらにして米相場を扱うのをイズナの法か切支丹を用いるかと疑われたが、説明を聞いて皆感服した」との記事がある。
1835
仏/アバス通信社(現AFP)ロンドン-パリに鳩通信 ⇒ ロイター1844
米/モールスが間歇する音を電気信号化、送信に成功
1854
(嘉永7)
ぺリー提督が江戸幕府に電信機を寄贈する。
*3年後に島津斉彬により鹿児島で実用に成功。(日本電信事始)
英仏/クリミア戦争で電信が使われる(有線)
1855
米/ロジャー・フェントン撮影の「クリミア戦争における騎兵隊キャンプ」により、戦場の写真報道が始まった。それは三角テントが立ち並ぶ静かな大遠景だが第一線の緊張感が漂っている。
1863
米/ティモシー・オサリヴァンが戦場そのものを撮影した「死の収穫」は、仰向けに倒れた兵士を中央に据えて広大な奥行きの中に点々と遺体が横たわっている。戦闘直後の状況がビジュアルにドキュメントされているため、この一枚が当時の人々に与えたメディアショックは絶大なものであった。
1870-71
普仏戦争でプロイセン軍に鉄道・電話線を切断され完全包囲されたパリ市民は、4ケ月間完全に孤立したが、有人気球と鳩により通信手段を確保した。通信管の考案や出来るだけ多くの文書を送るためのマイクロフィルムも開発された。
1871
(明治3)
日本初の日刊新聞「横浜毎日新聞」が発行される
1876
米/ベルにより電話発明
1895
伊/マルコーニが無線通信の実験に成功
1897
(明治30)
4月22日に八王子で全戸数の半数を超す3000戸が焼失する災害があり、東京朝日新聞の探訪員が鳩3羽を連れて現地に入り、翌朝取材メモを付けて放し、24日朝刊に掲載する。鳩によるスクープ第一号。
1923
(大正12)
9月1日に関東大震災(死者不明14万2,000人)。通信線が切断のため、のべ2,000羽の鳩で被害状況を収集。機械通信が復旧する半月間に2700通を運ぶ。
1925
(大正14)
東京放送局がラジオ放送開始(翌年、大阪・名古屋と統合:日本放送協会)
1927
(昭和2) 
大正天皇のご葬儀で代表撮影班が編成され、各社に写真が配布されたが、午後9時からの儀式だったため、大阪発行の新聞社は「速報」を競った。
・A社は自社機を夜間飛行させ写真を運んだ。
(当時は軍用機さえ夜は飛ばなかったほど危険な飛行だった) 
・B社は東京-浜松を夜行列車に連結させた貨車内で写真製版を行ない、浜松に待機させておいた自社機で夜明けとともに空輸した。
NHKラジオは、青山御所前に特設した灯篭の中にマイクを仕込んで現場音を取ると同時に、通過する御行列の順序次第を放送部長が点滅ランプで知らせ、愛宕山のスタジオでアナウンサーが「実感放送」した。
1928
(昭和3)
京都で昭和天皇の即位の礼が行われる。今度は東京の各社が対応を迫られ、外国製写真電送機を輸入して対応した。
1935
(昭和10)
有楽町の日劇地下に初のニュース・短編専門映画館が開場する。
1940
(昭和15)
「映画法」により、朝日・東日大毎・読売・同盟の4新聞通信社のニュース映画製作が統合されて「社団法人日本ニュース映画社」となる。
*第1号は6月に上映された(検閲通過日6月11日)。
翌年、東宝、松竹の文化映画部、文化映画製作会社を吸収合併して「社団法人日本映画社」(日映)として、日本ニュースだけでなく文化映画、記録映画を製作する。
*日本ニュースは昭和26(1951)年12 / 27 の第312号まで製作された。
1947
(昭和22)
金沢で開催の第2回国体で、共同通信は東京までの350キロを5羽の鳩にフィルムを託した。午前10時5分に飛び立った鳩のうち1羽が、6時間20分後に本社に到着し、翌日の朝刊のトップを飾る。
1950
(昭和25)
銀座の街頭風景をマイクロ波で中継して日本橋三越で公開する(3月)
1953
(昭和28)
2/1 NHK東京テレビジョン局開局(一日4時間、受信契約866件)
*初のTVニュースは「アイゼンハワー大統領就任式」(前年11/4に当選)
3/20 英国女王戴冠式出席のために皇太子渡英。ご出発の模様を横浜港から初の2段中継(FPU)。毎日新聞はウィルソン号上の皇太子の写真を鳩に託しスクープ。
1954
(昭和29)
9/26青函連絡船洞爺丸沈没事故(1,430人死亡)を特別機で初のテレビ用フィルム取材。当時のNHK-TVニュースは昼と夜の2回で総計9分間。日本TVは朝日・毎日・読売の3新聞が制作したフィルムニュースを日替わりで放送した。翌日のTVが伝えた映像は、上野駅から現地に向かう家族や慌しい国鉄本社の様子だけ。チャーター機で東京から飛んだカメラマンが函館港外の上空から撮影したフィルムの第1報が放送されたのは、事故から37時間後の28日正午のニュースだった。
1959
(昭和34)
皇太子御成婚パレードを完全中継(受像機200万台に倍増)
正月番組で各局がVTR録画を採用(人気歌手が同時刻に多局出演)
*VTR第一号番組は前年5月の「ちんどんやの天使」(大阪テレビ)
1960
(昭和35)
浅沼社会党委員長がTV中継中に刺殺される。
カラーテレビ本放送開始(各局とも一日30分〜2時間程度)。
1963
(昭和38)
11/23 日米間テレビ宇宙中継受信実験成功;ケネディ大統領暗殺第一報。
1964
(昭和39)
東京オリンピックを海外へ宇宙中継。スローVTRの開発。
1965
(昭和40)
ソニーが家庭用白黒VTR発売。
1968
(昭和43)
全国カラー化完了 ※ニュース取材に一時モノカラー方式を採用。
1972
(昭和47)
2/28 浅間山荘事件の10日目、強行救出作戦を10時間生中継。
米/ベトナム停戦発表をCBSが家庭用UマチックVTRで完全スクープ。
1974
(昭和49)
フォード大統領来日、米取材陣が3/4インチ家庭用ビデオを駆使する。
1975
(昭和50)
天皇訪米をENG取材して衛星伝送する。(映音一致・現像不用)
1976
(昭和51)
英VISニュースの定時衛星伝送配信を受信(毎日10分間)
1978
(昭和53)
実験用放送衛星ゆり打ち上げ、直接放送衛星としては世界初。
1979
(昭和54)
南極大陸からのテレビ生中継に成功。
1980
(昭和55)
NHKのニュース取材が完全VTR化され、フィルム現像室を廃止。
1984
(昭和59)
初の実用放送衛星ゆり2号a打ち上げ。
5/12 NHK衛星放送1chを使い試験放送開始・・・視聴者3.8万人
9/15 長野県西部地震を放送衛星を使って現地中継(ニュースワイド)
日米間24時間衛星専用回線開通(JISO;各局米国発海外情報強化)
1987
(昭和62)
7/14 NHK衛星第1テレビ独自編成24時間放送開始
1989
(平成1)
8/1 NHK衛星本放送(第2テレビは一部ハイビジョン実験)   
11/9 ベルリン・東西の壁崩壊(国境を越えたTV電波が市民を動かせた)
1990
(平成2)
湾岸戦争でフライアウェイが日常化(海外現地からのSNG本格化)
1991
(平成3)
米CNNのピーター・アネット記者がバグダッドから空爆映像スクープ
1992
(平成4)
スペースシャトルから宇宙飛行士毛利衛さんが「宇宙授業」
1995
(平成7)
1/17 阪神大震災でSBR(スキップバックレコーディング)を放送
デジタルカメラ実用化で『ビデオジャーナリスト(映像記者)』が登場
*11/1 東京U局メトロポリタンの開局で初めて採用される。
2001
(平成13)
9/11 同時多発テロで貿易センタービルを中継中の画面に2機目が突入
2003
(平成15)
FOX-TVがイラク進攻を戦車内から生中継
2008
(平成20)
北京オリンピック開会式でCG映像が生中継映像として放送される。
リアルタイム(現実)映像に紛れ込む仮想現実(擬似現実)
⇒メディアイベント:演出される現実

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