BUNSHODO
前回までの文祥堂フォーラムのご紹介
第299回 ウクレレ人生 2010年8月18日
ウクレレ抱えて五十年
♪ フランク永井は低音の魅力
   神戸一郎も  低音の魅力
   水原 弘も  低音の魅力
   漫談の牧伸二 低能の魅力
あ~あ やんなっちゃった
  あ~あ おどろいた,から始まって、この歌の歌詞が、なんと千五百番迄あるんです。
「76才になっても虫歯が1本も無い、だから全部入れ歯です」なんて、ジョークを云ってる現役です。8年前に脳内出血で倒れたなんてウソみたい。若者相手にライブハウスでロックンロールも歌ってます。
  この度は文祥堂フォーラムに出演することになり、大変うれしく思ってます。「ウクレレ人生」と云うテーマで76年を語ってみることにしました。大いに期待して下さい。
  さて、8月で銀座文祥堂イベントホールが閉館になるそうです。そして、今回が文祥堂フォーラムの最後の講演会になるそうで残念ですね。でも終わりは始めで、又何か始まると云うことで今後に期待です。
(牧 伸二)
牧伸二氏写真
PROFILE ・・・・・・・・・・・・・・・・・

牧 伸二 氏 (まき しんじ)
ウクレレ漫談家
本名 大井 守常
東京都目黒区出身

 1957年 牧野周一に入門、牧伸二の芸名を貰う。'60年 文化放送「ウクレレ週刊誌」のレギュラー司会者となり「やんなっちゃった節」が爆発的な人気を呼ぶ。'63年 レギュラー司会者をつとめたテレビ朝日「大正テレビ寄席」が大好評、15年間続く長寿番組となる。'65年 第2回日本放送作家協会賞「大衆芸能賞」を受賞。
 その後、テレビドラマ出演、夏のレゲエライブの開催、テレビ・CM、CD、絵画と多方面で活躍する。'96年より毎年、絵画(アクリル画)の個展も開催。'99年 東京演芸協会会長に就任(5月)'03年12月3日文化庁長官賞を受賞した。'03年には、初めての演歌にも挑戦。'04年3月浅草演芸ホールにて、文化庁長官賞受賞記念(古希70才)特別公演を行う。


絵画個展
'96年 3年続けて、新宿三越にて絵画個展を開催
'00年 渋谷東急本店にて、個展「渋谷でマキシン展」を開催
'02年 銀座三越にて「牧伸二絵画展~富士とダイヤモンドヘッド~」を開催
'03年 甲府デパート岡島にて「牧伸二絵画展~富士山展」を開催
CD・書籍
'93年 芸能生活35周年記念CD「ナンセンス・アイランド/マキシン」発売
'00年 教則本「マキシンのウクレレ教室」(ドレミ楽譜出版)発売
'01年 7月21日、CD「ダンジイの応援歌」発売
'03年 5月7日、CD「いったい私はなんなのよ」発売。初の演歌に挑戦
'04年 3月、70才(古希)記念CD「コキコキロック70」発売
'06年 9月26日、CD「ボケボケロック」発売
'07年 1月1日、CD「浅草お祭り音頭」発売
TV・CM
'94年 日清食品「こってりんこ」、ナショナル住宅「パナホーム」、ナショナル「パルック」
'98年 アース製薬「ピレパラアース」
'03年 メンズプラザアオキ「2003年春夏・新作発表」で菊川怜と共演
'03年 9月「開運!なんでも鑑定団」に出演
'07年 10月からYBS山梨放送「ともちゃん家の5時」にレギュラー出演
'10年 「牧伸二と100人の芸人たち」旗揚げ公演



■ 講演内容

定刻になりましたので、ただ今より第299回文祥堂フォーラムを開催致します。
1985年10月より25年間続けて参りました文祥堂フォーラムも来月で第300回を迎えます。
そして、今月末のイベントホール閉館に伴い、文祥堂フォーラムも来月の第300回記念パーティーを持ちまして、中入りとさせていただくことになりました。
今日のこのフォーラムが講演会としては最後という形になります。
最終回の大取にふさわしい、ウクレレ漫談家の牧伸二先生を講師にお招きいたしまして、文祥堂フォーラムの歴史より遙かに長い牧伸二先生のウクレレ人生76年を語っていただきたいと思います。(以下省略)

(牧伸二氏登場)

「アロ~ハ~!」

♪あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた
 牧伸二は76歳 高齢社会の仲間だよ
 だけど虫歯が1本も無いよ だから全部入れ歯だよ
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

♪これから日本はどうなるの? ヨタヨタしている自民党
 モタモタしている民主党 参議院じゃなくて養老院
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

 それ~!

♪うちのばあちゃん地獄耳 隣近所の噂話
 なんでも知ってるそのわりに 自分の噂はわからない
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

♪じいちゃんばあちゃん食事の後は お茶でぶくぶく口の中
 湯飲みで入れ歯をカチャカチャ洗い 最後にそのお茶飲んじゃった
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

 暖かい嵐のような拍手をありがとう~!

♪あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた
 男女混浴温泉旅行 お風呂の中はおばあちゃんばかり
 湯船に浮かんだ干しぶどう それ見てきのこがしぼんでる
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

♪文祥堂のフォーラムに お声が掛かった牧伸二
 すぐにOKしたけれど フォーラム今日が最終回
 あ~あ やんなっちゃった あ~あ おどろいた♪

昭和9年9月26日、東京は目黒の駒場東大の教養学部のすぐそばで生まれました。

なんて名前付けようかね。一家団らん、ちゃぶ台を囲みながら名前を考えていたとき、天井からいっぴきのヤモリが落ちてきました。それを見たおばあちゃんが「まあ、なんて縁起がいいんだろう」と、家守の「守」と父親の名から「常」をとって、家を守るようにと「守常(もりつね)」と名付けられました。
小学校に上がる前から得意な歌が1曲あったんです。それが23歳の時に「あ~あ、やんなっちゃった」に化けて出てくるわけですね。だから子どもは餌を与えてでっかくするだけが能じゃないですね。何か才能があったら、それを伸ばしてあげられるように教育してください。

我々子どもの頃は、「男の子は大きくなって兵隊さんになってお国のために尽くしなさい」そういう教育を受けていました。だから皆大きくなったら兵隊さんになるとしか目的がなかったんですよ。
小学校5年生のときに終戦を迎えて、さあ俺は将来何になったらいいんだろうか、全然目的が決まらない。毎日ぼーっとして高校2年生になりました。ある日、ある時、ラジオを付けてダイヤルをぐるぐる回していたら、牧伸二の師匠の牧野周一の声が聞こえてきたんです。(牧野周一のものまねで漫談)
おもしろい!と思った。調べてみたら漫談家の牧野周一だとわかったんです。

高校2年生のときに「俺は漫談家になろう」と思いました。

牧野周一、漫談家、漫談家・・・ひとりで漫談を一生懸命勉強していました。
高校3年のときに新聞部に勧誘され、自分で原稿を書いてガリ版を削って新聞を作るようになりました。
「新聞と言えば、社説だな~」ということで、記事を書くために各新聞の社説を毎日読むようになった。それで風刺ができるようになったんです。どこで人間得するかわかりませんね。それが今活きてるんですけどね。

そういうことをやっているうちに、牧野周一司会の「素人寄せ」という、ラジオ東京(TBS)に番組ができて、「あ、あの番組に出れば牧野周一に会えるんだ!」一生懸命漫談を勉強して、その番組に出るようになりました。
出演すると牧野周一が芸名を付けてくれるんです。例えば、ハンコ屋だったら「よくも ほった」とか。僕は温度計の会社に勤めていたので、「温度計じゃ、温度計るんだろ!?おめい」と聞かれ、「ハイ」と答えたら、「じゃあ、おまえの名前は『今何度』」
僕はアマチュアの頃、「いま なんど」という芸名でラジオに出ていたんです。

どうしても牧野周一の弟子になりたくて、どうやったらなれるんだろう。誰に聞いたらいいんだろうといろいろ考えました。

とりあえず、自分が芸能界に向いているかどうか街頭に並ぶ易者に見てもらうことにしました。6人の易者に聞いて、みんなが「まあまあだ、お入り」と言ったんです。料金は200円。ラッキーセブンという言葉があるから7人目の易者に見てもらったら、同じ事を言われて2000円とられました。その時に「この易者は自信があるから2000円なんだ」と自分で思い込み、すぐに牧野周一に「どうか僕を弟子に取ってください」という手紙を書いて出しました。
すると翌朝、牧野周一から「君を弟子に取りたい」という手紙が来た。
電報じゃないんです。そんなにすぐに返事が来るわけがない。ふたつの手紙が同時に出されていたことに気付き、全身総毛立ちました。牧野周一の弟子になる運命だったのだ!
すぐに弟子入りが決まり、牧伸二という芸名もすぐにもらいました。
「なぜ、先生は『牧野』で、自分は『牧』なのか?『野』が無いのはなぜか?」と聞いたら、「おれに比べりゃ、まだ能が足りねんだ」というジョークももらって、この業界に入って、それから芸能界で55年もやってきました。
まだまだ生きそうです。若いときに手相を見てもらったら、100まで死ねないと言われたので、100まで生きます。100まで現役でやりますから、負けないで付いて来てください。

55年も芸能界にいると色んなことがありました。いちばん良かったことは、出会いがたくさんあったこと。

有名人にもたくさん会いました。総理大臣だけでも5人も会った。それだけちょいちょい代わっちゃうってことです。皇室の宮様にも何人もお会いしてるしね、色んな出会いがたくさんあるんです。

若いときの森繁久弥さんにも会いました。僕が売れているときです。
森繁さんが、「牧君、水って言うのは溜めると腐るね。人間はね、お金を貯めると腐るよ。」いいひと言だと思いませんか。お金を持つと人間は勘違いをしだす。世界が自分中心に回っていると錯覚するんです。若いやつが自分が偉くなったと勘違いして失敗するんです。
稼いだお金は毎月きれいに使うことを実行しています。スリルのある毎日です。毎月ゼロから出発すると緊張感があるんです。もし真似できれば真似してみてください。

永遠の青年と言われている霧島昇さん。
あの方は歳を取っても後光が差しているくらい若かったんですよ。
岐阜に仕事で一緒に行ったことがあるんですが、駅に迎えに来たハイヤーの中でいきなり歌い出すんです。旅館に着いてもまた歌い、会場への移動のハイヤーでまた歌う。楽屋に着いてハーモニカを取り出しまた歌う。こんなに発声練習をして、初めてお客様の前で歌う方なんです。
霧島さんの衣装替えの合間に、牧伸二がウクレレ漫談をやるのですが、舞台の袖で霧島さんが見て笑っている。
全部のショーが終わって、また一緒にハイヤーで帰るとき、霧島さんが「きみきみ、さっきウクレレ持って、あ~あ~ってやった人、あの人おもしろいね。あの人何ていうの?」と僕に言いいました。
全然わかってないんです。霧島さんは自分が中心で地球がぐるぐる回っているんです。昨日何があったか、今日何があったかなんて一切関係ない!
これでわかりましたね。人間これっぽっちのことでくよくよしていたら、どんどん老け込んじゃうんです。真似できたら霧島さんの真似もしてみて下さい。

牧伸二も最初からウクレレを持っていたわけじゃないんです。

最初の1年は、師匠の牧野周一のように直立不動で漫談をしていました。
ところが師匠に、「おまえ何か地味だな。何か楽器でも持ってみるか。ギター漫談もいるし、三味線もいるし、バイオリンもいるし、ピアノは運ぶのに大変だし・・・」いろいろ考えるうちにウクレレ持ってやっている人がいないということに先生も気付いたんですね。「ウクレレ持ってみたらどうだ?!おまえの稼ぎでも買えるしな」と言われ、当時700円のウクレレを買ってきました。
安物なので、べしゃべしゃした音しかせず、旨く弾けないし、「こんなの買ってやんなっちゃったな~。こんなの買ってやんなっちゃったな~」というのがひとつと、お笑い芸人は、ひとつキャッチフレーズがあるとファンに覚えてもらいやすい。
当時、「ぎょ」「あじゃぱー」「さいざんす」「どうもすいません」などが流行っていましたが、これらは人造語で、「どうもすいません」などは日常誰でも使う言葉です。
日常たくさん使われて何かいい言葉はないかなと考えながら、山手線を一周して人の話を聞いていると、「今日はセンコーに怒られて、やんなっちゃったな~」とか、「今日は会社で上司に叱られて、やんなっちゃった~」などと、意識して聞いているとやたらと「やんなっちゃった」が耳に入って来たんです。

「すいません」に対抗できるのは「やんなっちゃった」だ!これで行こう!と気が付きました。

当時1曲だけ弾けた、ハワイの「タフワフワイ」という曲に合わせ、「あ~あ、やんなっちゃった~」とリズムを付けたんです。最初は2回「やんなっちゃった」と言っていましたが、客に「くどいよ」と言われ2回目を「おどろいた」に変えました。

今、日本人は皆平和ボケなんです。

皆さんもボケてるんですよ。気付いていないだけなんですよ。
偉い人も、お母さんに毎月1500万円もお小遣いをもらいながら「よく覚えてない」と言うし、国会議員で隣の人のボタンを10回も押し続けちゃう人もいるんです。あれもみんな平和ボケなんです。緊張感が個人個人に無い。個人個人に緊張感を持たなければいけないんです。緊張感を持つとボケが止まります。見たり聞いたりしたことをすぐに納得しないで、どうしてなんだろうと疑問を持つようにすると世の中の見方がおもしろくなります。

たとえば、ご飯をよそう器なのに「お茶碗」と言うのはなぜか? お茶を飲む器なのになんで「湯飲み」と言うのかな? 靴を入れるのに下駄箱といまだに言うのはなぜなのか?

うちでビールを飲んで、空き瓶が3本並んだから、ビール瓶を1ぽん、2ほん、3ぼんと数えて「今日は3本も飲んじゃったから、もう寝ちゃお」ではダメなんです。ここで疑問を持つのです。
英語なら全てワン、ツー、スリーでいいのに、なぜ日本語は、ほん、ぼん、ぽんとなるのか? 日本語ほど難しい言葉はないんです。外国人に言わせると、いつ「ぽん」になるのか全然わからない。
ひとつ、ふたつ、・・・ここのつ、とう。なぜ「とう」だけ「つ」がないのか?
そういうところに疑問を持つのです。

頭は大いに使いましょう。

【 頭の体操 】
始めに、1234567890 の中で、すきな数字を決める。
その数字に1を足す、その数字に2を掛ける、その数字に4を足す、その数字を2で割る、そこから最初に選んだ数字を引く、その数字に9を掛ける、その数字から7を引く、その数字を2で割る。
答えは10。
10以外の方は、暗算がだめな方です。
初めはみんな違う数字でも、足したり掛けたりしているうちにみんな10になる方程式があるんです。頭を使うとボケ防止になりますし、いろんな楽しいことがあります。

こんなに元気だなんて信じらんないでしょ!8年前に脳内出血で倒れたなんて信じらんないでしょ!?

仕事から帰ってね、翌日の稽古をしようとしていたところ、頭の中に暖かいものがぬるぬるぬるって流れたんです。あれ!?なんだ?って言ってる間に左手足が動かなくなっちゃった。右側の方の脳の血管が1本プツンと切れたんですね。1本切れただけで左手足が全然動かないんですよ。すぐに救急車で運ばれたので助かりました。あれは1分でも早く病院に行くと助かるんですよ。よく覚えておいてください。
左手と左足が動かなくなり寝たきりになりました。左側が使えなくなると寝返りも打てなくなるんです。自分でトイレにも行けなくなり、情けないし恥ずかしいし、いやでいやで・・・。
68歳でくたばってたまるか~!という気持ちが良かったんだって。60過ぎて倒れると諦めちゃう人が多いんですって。で、リハビリってけっこう痛いからね。我慢すると治るんです。リハビリをしないで途中で止めちゃうからだめなんです。一線を越えちゃうと何でもなくなるんです。よく覚えておいてください。

ベッドで色んなことを考えました。そういうときにあんまりプラス思考にはならない、マイナス思考になりがちなんですね。
「昨日は戻って来ない、明日は来るか分からない。ああ、それじゃあ、今日一日を楽しく生きようかな」と言うことに気が付いたんです。過去のこと、未来のことでくよくよ悩んだって仕方ない。今日一日を楽しく生きる。明日になったらまた今日一日を楽しく生きる。その連続でいくと毎日が楽しいんです。それをいまだに実行しているから、こんな底抜けに明るいのよ。ストレスなんて何にもないからね。ストレスは溜めちゃいけません。

ひとつ自慢は、料理は全部自分で作るんです。自分でスーパー行って食材を買ってきて、朝昼晩と自分で作ります。
子どもの頃から「自分のことは自分で」とう教育を受けてきましたから、こういうことが自然に出来るようになったんでしょうけど、そういうことの積み重ねで今日ここまで来ました。

牧伸二は漫談家だけじゃないって、ご存じでした?

実は歌手なんです。50曲も歌を出しています。やんなっちゃっただけじゃないんです。
隠れシンガーソングライターなんです。自分で詩を書いて、自分でメロディーを付けて、自分で弾いて、自分で歌います。自分で集金も行くんです。

どういう時に歌を作るかというと、世の中の変わり目に気が付いたとき。昔は朝帰りは男のするものでしたが、最近は女の朝帰も多いんです。山手線や京浜東北線の始発電車なんて酒の臭いでプンプン。それで作ったのが、「女の朝帰り」

男と女の区別が無くなってきてるんです。我々が子どものころは「男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしく」と言われ育てられましたが、最近男と女の区別が付かなくなりました。
「ほんもほんも」
こんな歌が50曲もあるんだよ。

ライブハウスにもよく出ます。そんなときはロックンローラーに変身します。牧伸二じゃなく、シンジ・マッキーになるんです。7曲くらい歌うんですが、5曲も歌うとめまいがしてくるんです。
今日は、めまいがしないとってもいい曲を歌います。イギリスのアニマルズの歌を歌います。日本で歌っているのは、ちあきなおみとシンジ・マッキーだけです。
「朝日のあたる家」

漫談家であり、歌手であり、まだ他にあるんです。書家であり、画家なんです。

全国あちこちで、絵と書の個展をやっているんです。
今日はお遊びで書いて来ましたので、お遊びで皆さんに売ります。
参考までに言うと、額に入れて、デパートで5万円で売れています。

「あ~やんなっちゃった あ~おどろいた」
「今日を楽しく生きる」
「人生は楽しむもの」
「花よりも美しい心 心にひらめきを」
「水の流れのように生きる」
「心に太陽を」これは、坂上二朗さんに書いてあげたものです。脳梗塞で倒れたときに病院へ持って行ってあげました。
「思うだけなら誰でもできる 実行できなきゃただの夢」
こんなものは、牧伸二意外に誰も書きません。今年これをやってみたい方!「禁煙」
「禁酒」今日からお酒ぷっつりやめて、明日からビールかウイスキーか焼酎にすりゃあいいんだから。
しばらく、ゴルフ、パチンコやめたい方~「禁玉」
「努力」(赤いダルマの絵)
「招福」(黒いダルマの絵)

今日はフォーラム最後だから、もっともっと盛り上げるように。

僕は浅草東洋館がホームグラウンドなんです。毎月東洋館でやっているんですが、浅草を基点に銀座も、日本中元気になったらいいなぁということで、「浅草お祭り音頭」っていうのを作ったら、お客さんがはんてんを作ってくれました。紬です。染めも本物です。背中がかっこいい、回れ右。1点物です。「これ着て歌えば紅白間違いねえよ!」って言われて頑張って歌ってます。
最終回はうんと盛り上げて、皆さん方の手拍子をお願いします。
「浅草お祭り音頭~!」

元気伝わりましたか?すごいパワーでしょう!

76とは思えないでしょう。自分でも時々「あれ俺67だっけなぁ?」歳がわからなくなるんです。こんな元気な爺がいるってことだけでも励みになると思います。
ひとつ、なんか会ったときには負けないで「今日一日を楽しく生きる」ということを頭の中へ入れておいてください。ぜひ、楽しく元気で過ごすということをお土産に差し上げます。

どうもありがとうございました。
ハワイ流に言うと「マハロ~!」









































































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